〔空色庵〕松本典子のブログ「飛ぶ♪ハナシ」
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【2014.04.06 Sunday

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『LEGO®ムービー』
ある瞬間、オトナだからこその地平が開ける

【2014.04.06 Sunday
02:11
 公開中の『LEGO®ムービー』、春休みの子ども向けだと考えてらっしゃったら、それは違いますから。あ、もちろん子どもも楽しいと思います。予告編を見ていたら、それこそ子どもしか無理だと勘違いしそうです。いや、するでしょう。が、これはオトナにこそグッと来る作品なんじゃないかな、と。


 
 世界のすべてがレゴで出来ていて(大海の波さえも!)、それらが自由に動いているなんて、そりゃレゴファンには悦楽です。が、レゴレゴづくしの世界だけがこの作品のすべてではありません。むしろ、後半も終わりかけ、いよいよ大転換を迎えてこの世界の地平線が見えたとき……そこで心震わせてしまうのは、子どもたちよりも間違いなくオトナです。単純に、童心を取り戻すとかそういう作品ではない。

 例えば、「奇跡のパーツ」と訳されている、物語を牽引していくブツのこと。原語では"Piece of Resistance"って言ってました。奇跡じゃなくて抵抗? かなり違わない? そこに何かしらのオトナ感(というか現実の世の中感)が感じられることに見終わった頃に気づいた次第。ワクワク愉快な子ども映画のふりして、すでに中年真っただ中な自らのこれまでとこれからの生き方こそが問われちゃいそうな作品でした。
 
 監督はクリス・ミラーとフィル・ロード。やはり彼らが監督した『くもりときどきミートボール』を観ておかなかったことに今頃慌てている次第です。

『LEGO®ムービー』公式サイト
 
author : m-noriko
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『IS THE MAN WHO IS TALL HAPPY?』
ゴンドリー、チョムスキーに会いに行く

【2014.03.22 Saturday
02:42
 ミシェル・ゴンドリーがノーム・チョムスキーにいろいろと質問をした模様を、自らの手描きアニメで表現するという、好きな人は大好きそうな作品(←ワタクシ)、観てきました。長編アニメーション映画『IS THE MAN WHO IS TALL HAPPY?』です。
 
ITMWTIH

 ミシェル・ゴンドリーは、『ムード・インディゴ うたかたの日々』が記憶に新しいものの『エターナル・サンシャイン』が素晴らしかった映画監督ですね。そして、ノーム・チョムスキーは世界的な言語学者であり社会活動家。世界中で人権や正義についての明晰な発言とアクションを繰り返してきた、私が尊敬する人物です(911以降の彼を少し知っているくらいですが)。
 フランク・O・ゲーリー建築のスタタ・センター@MITにあるチョムスキーのオフィスを訪ねたゴンドリーは、平易で素直な質問を積み重ねていきます。チョムスキーの回答も明快ですが、やはり音声だけで彼の淀みなき発言をそのままのスピードで理解することが私には難しく(半泣)。しかし、チョムスキーの発言を噛み砕きながら同時にとてつもなくチャーミングなゴンドリーのアニメーションがプラスされていると、どんどんと聞き入ってしまう&見入ってしまう88分間でした。
 
 なぜゴンドリーがチョムスキーの話を聞きたいと思ったのか?(冒頭で語ってたのかなぁ……最初の数分は見逃してしまったので>_<)タイトルから推察するには、やはり現代言語学の父である彼に生成文法なる学説について聞きたいというのは大きかったと思います。しかし、話がそこにたどり着くまでには、幼年から学生時代の話、家族の話を聞いてみたり。亡くなった妻キャロルさんのことを聞いてしょんぼりさせたりも……と人柄が感じられるエピソードがいろいろ。チョムスキーからは「競争には興味が無い。人より秀でていることに何の意味がある?」「とにかく自分で考えてみること。常識なんて関係無い」などといった言葉が放たれておりました。ふむふむ。
 
 やがて、本題である言語についての対話へ。チョムスキーが言葉というものをどう捉えているか? ここでゴンドリーは「私はこう思うのですが……」とまずは話のきっかけをパスしてみます。が、チョムスキーは「それは違う」と清々しくもきっぱりと否定。ゴンドリーはしつこく「でも……」と自論の説明を試みますが、その都度「違う」と明快回答。試みるもあっさり玉砕となる数回のやり取りは、我々に勇気とウォーミングアップの機会を与えてくれます。ゴンドリーってきっといいヤツなんだろうな、と推察(違うかな?)。

 チョムスキーによる説明は、(何度も言いたくはないのですが)本作を一度観ただけでは半分くらいしか理解できませんでしたから(泣)。ただ、タイトルにもなっている“IS THE MAN WHO IS TALL HAPPY?"にまつわる終盤の展開で「あっ……」と思えたのは確か。ささやかなカタルシスさえ味わえた次第です。"THE MAN WHO IS TALL  IS HAPPY."という肯定文を疑問文にしたとき、どちらのISが冒頭に移動するか? そこに注目すれば「言語に対する理解は人は生来持ち合わせている」ことは説明できる、とチョムスキー氏。詳細はぜひ本作にて見聞きしていただきたいものです。
 
 日本での劇場公開を願いつつ、何度観ても飽きそうにないアニメーションゆえにDVDかBRDが出たら入手したいとも思っています。


 
author : m-noriko
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マシュー・マコノヒー祭なのだ

【2014.02.04 Tuesday
16:21
JUGEMテーマ:近日公開!映画
(はじめに
 皆さま、大変ご無沙汰しております。
 というか、はじめましてと申し上げたほうが
 よいかもですね。ごめんなさい。
 何年かぶりの投稿となりますが、
 どうぞよろしくお願いいたします……)
 
『ビフォア・ミッドナイト』やシリーズについて語ろう!のお茶会を大いに楽しんだ後、やらなきゃならないこと山積みで街宣も聞きに行けないよ〜っと焦るここ数日なのですが、そんなメインストリームなこととは別に、今、私の頭の中はわりと「マシュー・マコノヒー祭」となっております。
 
 そこそこキャリアのある俳優さんではありますが、とにかく『リンカーン弁護士』以降の快進撃がスゴイ。『バーニー/みんなが愛した殺人者』(ビフォアのリチャード・リンクレイター監督の意欲作、ジャック・ブラックも最高)、『ペーパーボーイ 真夏の引力』(すんごいいたぶられ方をする役です)、『マジック・マイク』(主役を差し置いてのマコノヒー劇場開幕)でますます加速して、今公開中の『MUDーマッドー』がこれまた作品いいし彼ももちろんすごくいい。

MUD
 
 スタンド・バイ・ミー的少年ふたりが冒険よろしく出掛けていったミシシッピ川の中州で出会うのが、マコノヒー演じるマッド。少年たちが自然と惹きつけられるような魅力があり、クールな雰囲気を漂わせる一方で、歯が欠けてたり(!)、まじないを頑に信じていたり、半ば報われそうにない相手(リース・ウィザースプーン@コメディ封印)を妄信的に慕っていたり。安定しているのか危なっかしいのかよく判らないキャラ造形がすこぶる秀逸。サム・シェパードがニクい役で登場、ざらつきと湿り気を含んだミステリアスな南部の寓話といった感じで、作品としても素晴らしいのでオススメです。

dallas buyers club
 
 で、2月下旬から公開になる、彼がエイズで余命30日を宣告された飲んだくれカウボーイを演じた『ダラス・バイヤーズ・クラブ』(上写真、左に座る網タイツレディ役ジャレッド・レトにも拍手)がこれまた傑作です。未承認薬をめぐって国や製薬会社としたたかに戦う男の実話なんですが、正義をことさらに振りかざすこともなく淡々と、しかし、どっこい生きている的に東奔西走してビジネスも薬事裁判もこなしていく姿がもう演技超えてます。ゴールデングローブ賞受賞してアカデミー賞にもノミネートされているのは体重を激減させたからだけじゃない、と確かに思える。
 
 ここまで乗りに乗っている俳優さん、今どきの筆頭に近いと思います。クリストファー・ノーランの新作『Interstellar』での主役も楽しみです。
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『行く年、来る年』〜振り返りすぎて遠くへ

【2010.12.31 Friday
23:59

 今年の自分はどんなだったろう?と振り返ってみたら……遡りすぎたらしい。かな〜り。思い出したエピソードはものすごく昔のものだった。聞いたのは少し前だが、ネタとしては恐縮しちゃうほどの古さ。私が小さかった頃の話を母の実家でしていて、叔母がふと思い出し聞かせてくれたこと。幼稚園の運動会でのことである(季節感ゼロでスミマセン!)。


「かけっこで『よーいドン!』するでしょ。そしたらピューッとすごく速いのよ。もうね、ダントツやってんから。それがねぇ……」


 叔母が半ば呆れたような、可笑しくて笑うような表情で私を見る。


「ゴールまであと少しというところでね、立ち止まるねんで。あんた」
「……何それ。全然覚えてない」


 だいたいにおいてボーッと過ごしてきましたからね、幼少時の記憶もかなり少ない。しかし、ゴールしてもらうバッヂの色が紫色だったことはそのとき思い出した。1等賞の赤色ではないわけです。ただし、それで悔しいとか思った記憶も無いな。そりゃ無いでしょう、自分で、あえて待っていたのなら。
「あんだけ速く走ってるくせに、みんながついて来ないと止まって待つねんよ、この子。どう思う?おばちゃん、『何してんのーーー!はよ走りーーー!』って毎度やきもきして応援してたわ」


 みんなが自分の横を通り過ぎるのを見届けてからまた走り出してゴール!していた、そうです。……自分のことながら意味不明orz。


 その一方で。小学校1年生の運動会のリレーで、「あれれ?」と自分でも不思議なくらいにゴボウ抜きしたことは覚えている(このあたりから遅ればせながらのモノゴコロがつき始めたのかも)。「うわぁ〜脚が動く動くぅ」と驚きとともに疾走の気持ちよさを満喫しながら走った、あの感覚は残っているかも。


走り終えた後、(もしかして走るの得意だった?)と思いいたり、やがて(幼稚園では1等賞の赤いバッジもらわれえんかったけどなあ?)ともうっすら思った。とはいえ、それだけ。それ以上は特に何も思い巡らず。そして30年後くらいに叔母の話を聞いて合点がいったわけであります。


 私は“競争”の概念が欠如した子どもだったのだ、と。


 それが判ったとき、気づいてもなかった結び目がハラリと解けたような。もちろん、モノゴコロついた頃には“競争”の存在も知るようになったわけだし、多少の競争心は私にだって芽生えたに違いない。


 けれど、私のささやかな原点(のひとつと信じたい)を見たような気はしたのだ。ゴール前で、ぽやーんとみんなを待ってた幼稚園児に。

 別に、みんなと一緒にしたい、とか、遅れて来る子を待ってあげたい、とかそんなこと考えてたわけじゃない(と思う)。単純に、かけっこというゲーム、競争というシステムを理解していなかっただけで。正直、かなり間抜けなお話だ。親は心配しなかったのか?とも思うし(両親からこの件で指導を受けた記憶無し!)。


 そして2010年、暮れも暮れ。今年、あまりにもトピックが無かったせいか(?)何十年も飛び越えて振り返ってしまったのだろうか(しかし何故このエピソードなんだ?)。


 でも、私はこの、プチ驚きの後にトホホな気分を誘うエピソードが実は、実は……嫌いじゃない。いや、どちらかというと好きなのである(自分好きか?ええ、きっと)。こんなにも間抜けな(素養を持つ)(←と、必要無くても書いておきたいっ)自分を大切にしつつも、それでも来年は少し歩いてみなくちゃと思っている。


 自分史上でも最も怠惰だった(気がする)私の2010年。それでも、ご機嫌&ハッピーな年を過ごせたことに感謝している。ただし、来年はこのご機嫌とかハッピーをアウトプットできる自分でなくっちゃなあとも思う。じゃなきゃ、ゴール前でずーっと止まってるだけ。幼稚園児だって、再び走り出しめでたくゴールはしてたのだから(毎回!)。


★2010年の最後に。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
2011年もよろしくお願いいたします。


【おまけ】
ひさしぶりの寒い、寒い冬。気持ちを温めるために、2010年公開作から。よければ『(500日)のサマー』 (←タイトルだけでも暖か?)とか『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』など、オススメしたいです。寒さが何だ、ガツンと力のある作品を!ということであれば『フローズン・リバー』、そしてそして『息もできない』を是非。以上!

author : m-noriko
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文楽、好きなんです

【2010.12.04 Saturday
14:09
 文楽を観るようになったのは十年ほど前から。観ても観ても造詣はちっとも深まらないのだけれど、単純に観ていて聴いていて、これが惹き込まれるのです。ご覧になったこと、ありますか?


 私が最初に観た演目は、忘れもしない『曽根崎心中』。王道ですね。今は亡き吉田玉男さんによる徳兵衛と吉田蓑助さんによるお初、配役も王道です。その人形の姿にド素人(←私)はまず喰いつきました。艶やかで、儚くて、けれど生々しい。とはいえ、生臭くない。人形だとわかっているのに、後ろで誰かが操っていると知っているのに惹き込まれる、そんな自分に驚きました。徳兵衛なんて優柔不断なバカ男、個人的にはちっとも好きになれないけれど。文楽というものにノックアウトされて半ば興奮しつつ、ブルゴーニュのおいしい赤を飲んだあの夜のことは今でも思い出すなあ……(遠い目)。


 吉田蓑助師匠に初めてお目にかかったのは、前述のノックアウトまで後1〜2時間となった師匠の楽屋にて(ご縁があって、連れてっていただいた)。素人一行をとてもニコニコと迎えてくださり、間もなく持ち出されたのが人形の胴串(どぐし、と読みます。人形遣いが握る、首の下の部分)。いきなり「ほれ、どうぞ」という眼差しで私の目の前に(今から思えば、お初の頭だったはず!)。もうね、何十年も遣い続けてツルツルのピカピカの黒光り。師匠の左手が握る様そのままに、なだらかかつ複雑なカーブを描いている胴串を至近距離でじーーーーーっと眺めていると、「ほれ、はよ持たんかいな」という笑顔。無言の笑顔(師匠は脳出血からの快復直後で、まだ会話が難しかったのです)。ええっ。どうしよう。胴串という名前もまだ知らなかったけれど、これが人形遣いの司令塔、心臓部ともいうべき神聖な道具であることはド素人でも判るわけです。そんなん「わーい♪」と触れるか??? そんな根性は私にはございません。小心者のド素人は、師匠が差し出す胴串にそっと手を添えて、「す、すばらしいですねぇ」とマヌケなコメントで感激を表すのが関の山……。


  それ以来、楽屋にお邪魔しても胴串を差し出してはくださらず(最近は、随分と会話力も回復されてめでたい限り)。今から思えば、無邪気な振りして存分に握らせてもらえばよかったなぁと。


 最初の文楽で演目や人形遣いは覚えていても、大夫や三味線が誰だったかは覚えていない……私が文楽に不案内だった何よりの証拠がコレなわけですが(赤面)。その後にはもちろん義太夫節、そして三味線にも自然と興味が湧いてきて、ときには目をつむって耳だけを楽しませんこともあるのです。人形、語り、三味線の三つが揃ってこそ文楽、と今では心底思います。その三位一体の素晴らしさにクラクラします。もっと判る方は、もっとクラクラされていることでしょう。


 文楽って、ストーリーとしては「〇〇は実は△△だったって…唐突すぎるわ!」とか、「なんでこの男はここまで不甲斐ないねん?」とか突っ込みどころ満載なものが多いのだけれど。それでも惹きつけるものが余りある。そんな伝統芸能のひとつだと思うのです。みなさま、どうでしょう? 東京では国立劇場小劇場で文楽公演やってますよ。12月は若手中心のキャストですが、「本朝廿四孝」では蓑助師匠のお弟子であり次代を担う桐竹勘十郎さんが、「〇〇は実は△△だった!」という役を担当されています。まずはチラリと観てみていただけたらと思うのです。そうそう、年末は福岡・博多座にてもご覧になれるはず。こちらは蓑助師匠はもちろん重鎮が続々登場(私も行きたい!)。


 私の祖父が文楽好きで、大阪に住んでいた頃には文楽劇場に足繁く通っていたとは後に聞いた話。彼がまだ生きていたら、文楽話をしてもらえたかも。そう思うと、少し寂しく悔しい思いながら、ときどき劇場に通っています。
author : m-noriko
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映画『ザ・コーヴ』、何がどう問題なの?を考えてみた

【2010.05.20 Thursday
22:34

  
 『ザ・コーヴ』試写にお邪魔した。和歌山県加太町のイルカ追い込み漁(猟)を追ったドキュメンタリーで、第82回アカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞に……と聞けば、ああ、あれね、と思い当たる方もいらっしゃるだろう。日本での上映については加太町の漁業関係者からの反対などがあったのだけれど、今年6月下旬には公開される運びとなった。




 

 大阪の食文化にどっぷり浸って育った私にとって、クジラを食べることに違和感はない。おでんにはコロ(クジラの皮下脂肪を干したもの)を入れたい〜と心から願うし(格別なるおダシが出るのねん♪)、はりはり鍋も冬を満喫できる味。イルカを食べたことはないけれど普通に、「そっかー」と。日本各地の漁村ではたんぱく源だったんだなあと思う感じ。


 だから、クジラやイルカを獲るなと躍起になる人たちには「頭ごなしに人でなし扱いするってのはいかがなものだ?」とずっと思ってきた。一方で(浅い知識ながらも)調査捕鯨の必要性について、鯨肉の横流しについてなど問題点も少なくないとは認識している。


 そんな私が『ザ・コーヴ』を観た。


 で、その考え方は変わったか? 答えは、「いいえ」。私の場合は。


 60年代の大人気番組「わんぱくフリッパー」に登場するイルカたちの調教を担当したものの、後にイルカ保護活動に転じて現在にいたるリック・オバリー氏のイルカ救出大作戦。彼がイルカをとても大切に思う気持ちはよくわかった。解放してやるためには自らが刑務所に入ることも厭わない、その心意気はすごいと思う。撲殺されるイルカを見るにみかねて告発すべく盗撮を企てる彼なりの情熱にも敬意を表したい。


 けれど、太地町がなぜイルカ漁をしてきたか、非難されてもなぜ続けるかについても少しは追究してみてほしかった。イルカ漁に誇りを持つ太地町の漁師たちもまた重要な登場人物である以上(日本の上映では顔にモザイクがかかってはいるものの)、その言い分を真正面から写してみてほしかったのに。これじゃ、是非を判断するにもあまりに材料が少なすぎ(もちろん、スクリーンの中身だけで判断できないことは山ほどある)。


 音楽やカット割で、彼らが盗撮へと向かうシーンなどはなかなかなエンタテイメント。けれど、その演出がドラマティックになるほどに、観る側としては冷めてしまう。一方的に熱くなる議論や行動に、そうたやすく納得なんてできませんってば。

 
 このもやっとした気分の正体を考えてみた。そうしたら、イルカが解放されればそれで済むのか?という疑問にぶち当たった。


 たとえば、太地町の捕鯨を非とするならば、食糧問題全体を考えなきゃいけないのではないかな。食となる生き物に感謝して、それを血とする、肉とする。スーパーでパックに詰められた食肉たちに慣れてしまった我々が、その肉がどんな過程を経て届いたか?無駄にはしてないか?などをどれだけ意識しているだろうか。その意識を大切にしてないのだったら、牛や豚、鶏たちだってイルカと同じくらい哀れではないだろうか。ましてやフォアグラのためのガチョウやカモ……少し横道に反れた?


 そんなに獲らなきゃいけないの?はイルカだけじゃなく、食肉にされるすべての動物について考えなければ不毛なテーマだと思うのだ。その先にはエネルギー問題だって繋がっているはず。どうやって作られ、我々の元に届くのか?無駄にはしていないか?安易に考えて(=原子力に頼って)いいのか?などと。また、イルカをエンタテインメントに使うショービジネスや、それを無邪気に喜んで観るというのはどういうことか?も掘り下げていく必要がありそうだ。


 上映を反対する、自己規制するなんて、東京都の非実在青年問題と同じくらいナンセンス。表現は自由。臆せずに上映すればいいと思う。けれど……一方的な正義感が気分をげんなりさせるのが残念だ。こんなにも単純な(未成熟、と言いたいくらいな)視点で撮られた作品が長編ドキュメンタリー賞を取っちゃうなんてのもがっかりで。いわゆるアメリカ人の悪いクセ的な正義感?と訝ってしまう……ブツブツ。


 とはいえ。非難も論争も覚悟して公開を決定したのであろう日本での配給者が、「公開して、動員して、ハイおしまい」とは考えていないだろうと期待している。『ザ・コーヴ』を観ることがさまざまな議論の出発点になるような、そんな形での公開になったらいいのにな、と思った次第。


 正義って難しい。……そういえば、話題のNHK「ハーバード白熱教室」、サンデル教授の「正義とは何か」の授業。最初からちゃんと観たら手がかりになるかしらん?


◆『ザ・コーヴ』公式サイト→ http://thecove-2010.com/



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つぶやきますか? 聞いちゃいますか? 

【2010.01.18 Monday
15:03

 どんだけダラダラできるか?を検証していたわけでもなく(もちろんだ)。しかし、2009年はとっくに終わり、新しい年もすっかり明けて2010年の24分の1は終わってしまった。「……アナタ、どなた?」と思われる方だっていらっしゃるはずですよね。改めまして、よろしくお願いいたします。


 沈黙の間、何をしていたか。そりゃ雑事はいろいろあったわけだが、ううむ。体系化できたり、形になったものは特にないかも。ま、しかたない。


 そんな中で少し首を突っ込んでみたもののひとつが、twitterだ。今や猫も杓子も、になりつつあるアレ(笑)です。空色庵読者の中にも活用されている方、少なくないことでしょう。


 とは言いながら。つぶやきの数、そしてフォローもフォロワーもきっと少ない部類だと思う。ハマッている、とは言い難い。けれど、ツイッターでの情報の行き来って今までとは違うなと、遅ればせながらではあるけれど、感じている。そんなことは、いくつかのツイッター本に、整理して述べられているので、ここでは私が感じたことを少しだけ。


 ツイッター活用の理由は、人それぞれだろう。ビジネスに結びつけたい、とにかく発言したい、知り合いを増やしたい、友人とやり取りしたい……など。つぶやくことがもちろん前提ではあるのだけれど、「つぶやき」に耳を傾けたい、というのも大きな動機だ。私の場合。


 フリージャーナリストたちのつぶやきが、活力に満ちてるのだ。ブログ普及で各自のメディアを持ち得た彼らだが、さらに今、勢いづいているのはツイッターのTL(タイムライン)上でではないかしら。ここ数日、小沢幹事長関連の検察リークに関して、あるいは、原口総務相によるクロスメディア禁止発言も、私は彼らのつぶやきで知り、けれど、新聞もテレビもまったく無視状態だったことを目の当たりにして唖然(今日あたりから検察の件は取り沙汰されつつあるけれど、テレビのワイドショー系のみ。原口発言に関しては引き続き無視では?)。マスメディアだけに頼っていると本当に怖いことになる、を改めて実感した次第。


 高校時代の恩師の言葉を思い出す。「新聞が真実を書いているとは限りまへん。僕は信用してまへんで」という、10代の平和ボケ女子(=ワタクシ)にとってかなりショッキングな見解だった。けれど、大切かもと肝に銘じた記憶がある。……思い出したってことは、忘れてたってことじゃん。ダメじゃん!


 そんなこんなで。つぶやくツイッターも楽しいけれど、つぶやかれる(?)ツイッターも刺激的なわけで。みなさん、それぞれに楽しみ方を見つけてください。ツイッターって、使い勝手のいい“ツール、そしてインフラ”になりうるんだと思います。

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マイケル・ジャクソンとフレッド・アステア

【2009.11.05 Thursday
18:52

 『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』。


 素晴らしさは予想できていたわけで、事実、本当にワクワクさせられた2時間弱で。もうね。MJが本当に軽快に、優雅にステップを踏む姿を前にすると、それだけで十分に満足させられる(おわかりですよね?)。


 なんて言うのかなあ。“こともなげに”と表現するのが世界一似合うステップ。繊細で、謙虚で、けれどビジョンを持っている人だと自然に理解できる、ような。まるで『グリーン・マイル』のジョン・コーフィだったです。ステージに立つMJ(を映すスクリーン)を前にした私は。もちろん、境遇もいきさつも全然違うのだれけど。


 ジョン・コーフィが、最後の夜に『トップ・ハット』を観せてもらう。"Cheek to Cheek"を踊るフレッド・アステア。スクリーンの光がそのまま、つかの間の至福としてジョン・コーフィに降り注ぐ、嬉し涙でぐちゃぐちゃになっちゃった彼の笑顔を照らす。あんな嬉しそうまなざし、羨ましいにもほどがある。そんな極上の笑顔だった(思い出すだけでウルウルゥ)。


 あのフレッド・アステア・マジックを使えるのは今、MJなのかもしれない?と思ったら(いや、フレッド・アステアも大好きなんだが、同時代人という意味で)、調べてみると、MJもまたフレッド・アステアの大ファンだったとか。ふむ。当然かも。


 フレッド・アステアからMJへと継承された、この“天才”を誰が受け継ぐのだろう。そんなことを考えつつ、カラダは自然にビートを刻んで。これはぜひ、もう一回観よう、と。そんな自分に少し驚いてもいたのである。


 スクリーンを前にした観客の表情、といえば、先日の東京国際映画祭で観たアッバス・キアロスタミ監督の新作『シーリーン』も挑戦的&実験的で面白かったなあ。スクリーンには、女優を中心とした観客たちがペルシャ叙事詩を元にした映画に見入る姿、その表情だけをずーーーっと追いかける。キアロスタミ作品、という情報だけで観たので驚いたけれど、これが意外と飽きないのだ。映画内映画の出来がいいのかな。優れたラジオドラマを聴いてたみたいな?


 キアロスタミ監督自身が「最初の30分さえ我慢してもらえれば、あとは乗り切れると思う」みたいなコメントをしていたらしいのだが(笑)、納得。


 というわけで、『THIS IS IT』。DVDも発売されるわけだけれど、できるだけ映画館で観てほしいと思う。体揺らしながら。コンサート・ライブで言えば、昨年の『シャイン・ア・ライト』もか〜なり良かったのだけれど(思い出してもドキドキするっ)。あのローリング・ストーンズが与えてくれるものとMJのそれは、やはり少し違うのだよね。


 やっぱり、マイケル・ジャクソンはフレッド・アステア的なのだ。……ああ♪

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今ごろ気づいた次第です 〜はじめまして!に代えて〜

【2009.10.15 Thursday
22:01
 現在の部屋に引っ越したとき。業者さんが、運び終えた後にこう言った。「ダンボール、220個くらいありましたね」。……絶句。


 ええっと。「120個、ですかね?」と問いただすのも億劫で、聞かなかったふり。仮に120個でも、十分うんざりだし。モノが捨てられないタイプの我々ふたり×12年分。そんな荷物が約2年半、2部屋+ストックルームに積みっぱなしであったことは、常々、気にはなっていた。頭の隅っこが痒いみたいに。奥歯に挟まったゴボウみたいに。


 始めてみたら、なかなか楽しい大掃除。取捨選択の連続です。千本ノックです。ハイ、捨てるっ。ハイ、寄付するっ。この繰り返し、テンポよく♪ だんだんハイになってくる。気持ちいい。片づける時間がない日は、なんとなく落ち着かない。……ま、実はまだ終わりは見えてないんですけどね。何せ、100個は超えてたダンボールなので(今でも120個と思いたい)。


 部屋がスッキリしたら、思考もスッキリする。とは、もちろん言いきれないだろうけれどね。それでも、こうは思うのです。使われていないモノがかわいそうだった、と。ダンボールに押し込んだままだった本や、服や、CDやビデオテープを前に、本当に申し訳なかった!と頭を下げたのであります。


 もちろん、ありますよ。やっぱり手放せない!というモノ。いろいろ。多数。けれど、ちゃんと活用してあげられないなら、オーナーの資格は無いよな、と実感。モノを持つことにも責任持ちたいものだ、と。「今頃、何寝ぼけたこと言うてんねん」と、友人のほとんどには言われちゃいそうです。ハイ、つい先日気づいたところです。……何て愚図。


 そんな、ほぼ最低レベルのワタクシですが。ブログ、始めさせていただきます。



【本日のおまけ】

シンプルな暮らしについて考える企画、昔手がけたことを思い出しました。空色庵の隣人、渡辺葉ちゃんにも登場してもらったのでした。うきゃ、懐♪“シンプルライフ”に欠かせないもの>>
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松本 典子
editor / writer